解釈の達人 丸井の創業者『青井忠治』

解釈力が身に付くとどのようになるか、今日は「解釈の達人」をご紹介いたします。
東京を中心に30店舗を展開、売上4,400億円、東証一部上場している「マルイ」というデパートがあります。
このマルイを1931年創業した「青井忠治」さんが解釈の達人です。
日本の実業家。丸井の創業者。
丸井グループ・青井忠治.jpg
丸井グループ名誉会長『青井忠治』さんの解釈のおかげで、倒産の危機を救い、逆にそのことがマルイ繁栄の第一歩になった事件がありました。
マルイは、終戦直後から「日本人に文化的生活を」をスローガンに掲げ、クレジット販売を開始しました。
しかし、クレジット販売は当時の日本人にはなじみがなかったため、あまり客足は伸びなかったようです。
マルイは早い時期から、テレビなど(今でいう家電製品)を取り扱っていました。

解釈の達人

ある日、ボクシングの世界タイトルマッチを「見る」ために、多くの人が、マルイに押し寄せました。
当時のボクシングは日本人初の世界チャンピオンが誕生して、国民的スポーツとして、爆発的な人気がありましたので、
木造2階建てのマルイ本店にも街頭テレビ感覚で、観戦に来たのです。
盛り上がって来た第4ラウンドのゴングが鳴った瞬間に重みに耐え切れなった2階の床が抜けてしまいました。
床が抜けた大音響、電気も切れ、けが人の叫びなどで、辺りは大パニックになりました。
翌日の新聞には一面に「丸井(当時の社名)潰れる。四十数名重軽傷」と大きく出てしまいました。
「お店の修復、けが人への慰謝料、商品の仕入れ」
ただでさえ、客足が少なく、売上げもあまりなかったところへ大ダメージ。社員は倒産も覚悟したそうです。
その危機的状況の中、『青井忠治社長』は一面に大きく丸井の記事が載った新聞を持って、取引銀行の支店長室へ行って、開口一番こう言いました。
「支店長、見てください。ついにうちも『床が抜けるほど』お客さんが入りました。本店を建て直すので融資してください」
この一言で融資を取り付け、3ヶ月の突貫工事で鉄筋コンクリート建ての本店を建て直しました。
新装開店時には新聞に「丸井大セール」と(叩かれた時と同じスペースの)広告を載せました。
3ヶ月前の事件がインパクトが強かったこともあって、
丸井の知名度は一気に高まり広告を見た人が大勢(お客様として)押し寄せました。
この一連の事件が、丸井が繁栄した第一歩だったと、後に青井忠治さんは語っています。
「床が抜けるほどのお客さんが来た」
この解釈力が後の東京を中心に30店舗を展開、売上4,400億円、東証一部上場を果たしたのです。
丸井グループ・青井忠治(2).jpg

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